June 24, 2010
想いやり牛乳 長谷川社長 講演会
日本で唯一、生のままで飲める 生乳「想いやり牛乳」の長谷川社長 講演会に行ってきました。
「想いやり牛乳」がどんなに"牛乳"と違うのか、詳しくは「想いやり牛乳」サイトをご覧ください。
長谷川社長は、お坊さんのような、ちょっとこわい親分のような、貫禄のある方でした。しかし、ご挨拶と近くに寄らせていただいたら、とっても目が優しい方でした。想いやりファームの牛たちが、社長だけには、付いて歩いてくるのもわかります。また、今世、出会えてよかった〜と思える方に出会えました。
非加熱の動物性たんぱく質を探していて気になった講演会でしたが、それどころではありませんでした。
「真実は一つではない、見る角度が違うと全く違って見える。世の中に○×ということはない。」と始まった、自然と本気で関わっている社長のお話は、私たちもクラスで伝えている「野菜の命」に関するお話や、他にも、心が痛くなるようなお話まであっという間の2時間でした。
社長の会社は、無殺菌を求めている会社ではなく、「命と共存できるかどうか、人間にとってではなく、他の命と人間が一緒にいていいのかと」問いかけながら営んでいるのだそうです。
「人のために生きている生きものはない。
食べ物は生きている人のために生きているものではない。
自然界に同一はない、同じ形の野菜が並んでいるのは異常なんだよ。
食べられる牛が可愛そうという人がいるけど、豆はどうなのか。動けないものはいいのか。人間は、野菜を虐殺している。命を殺して生きている。命に○×をつけるのはバカバカしい話なんだよ。」
命を殺して生きている。社長、命をいただいて生きているとも表現できますよね。でも、結果は、殺して生きているか。。。
私たちもベジタリアンの頃は、命に○×をつけていました。今は、その経験のおかげもあり、野菜、果物全ての生き物への感謝を忘れずにいます。
生命循環の輪の中にいる私たち人間も、命をいただき生かされています。
社長は、人間が手をつけたことにより問題が起きる可能性があるといいます。
手をつけられた牛たちは、社長のファームで、自然に雑草で生きられるまで18年かかったそうです。そして、その雑草の茂る土地も、手を加えなくてよくなるまで20年かかったそうです。
Tomasiは、穀物なしで牧草だけで育った牛を探しているのですが、「自然にもどしたいと、牛を牧草の中に放り出すのは「虐待」だ。人間が手を加えて穀物で育ててきたものをいきなり牧草に放り出しても生きていけないんだよ。自然にもどすにも時間がかかる。」想いやりファームは18年かかってやっと雑草で生きられるところまでになったんですものね。
人間が手をつけたことによる問題。人間の中でも起こっています。自然からかけはなれた食べ物を食し、ハイテクにより脳はどんどん使わなくてすむようになり、便利すぎて筋肉をしっかりと使ってあげることもなくなってきています。
ジャングルに放り出されたら、とても生きていけません。。。
他の動物とは違い、脳を使い、何かを作れてきた人間は、その能力を果たし、便利な世の中を作り上げ、人間が見たかった、知りたかったものをどんどん見つけてきたのでしょうが、ちょっと行き過ぎたところもあり、人間の自然の能力が落ちてきていて。(ブレンダーやフードプロセッサー、ディハイドレーターをバンバン使っていて、人間が作り出した便利さにも助けられておりますが。)
私が、想いやりファームの牛たちのように、自然体をとりもどしていくには、また、何年もかかるのかな?牛たちは数世代で取り戻してきたのだから、私は今の体では人間の自然の能力を体験することはできないのだろうか?
などど考えながら、新百合ヶ丘から帰ってきたのでした。

生乳の試飲。濃くはなくさらりとしています。美味しかったです。
「想いやり牛乳」がどんなに"牛乳"と違うのか、詳しくは「想いやり牛乳」サイトをご覧ください。
長谷川社長は、お坊さんのような、ちょっとこわい親分のような、貫禄のある方でした。しかし、ご挨拶と近くに寄らせていただいたら、とっても目が優しい方でした。想いやりファームの牛たちが、社長だけには、付いて歩いてくるのもわかります。また、今世、出会えてよかった〜と思える方に出会えました。
非加熱の動物性たんぱく質を探していて気になった講演会でしたが、それどころではありませんでした。
「真実は一つではない、見る角度が違うと全く違って見える。世の中に○×ということはない。」と始まった、自然と本気で関わっている社長のお話は、私たちもクラスで伝えている「野菜の命」に関するお話や、他にも、心が痛くなるようなお話まであっという間の2時間でした。
社長の会社は、無殺菌を求めている会社ではなく、「命と共存できるかどうか、人間にとってではなく、他の命と人間が一緒にいていいのかと」問いかけながら営んでいるのだそうです。
「人のために生きている生きものはない。
食べ物は生きている人のために生きているものではない。
自然界に同一はない、同じ形の野菜が並んでいるのは異常なんだよ。
食べられる牛が可愛そうという人がいるけど、豆はどうなのか。動けないものはいいのか。人間は、野菜を虐殺している。命を殺して生きている。命に○×をつけるのはバカバカしい話なんだよ。」
命を殺して生きている。社長、命をいただいて生きているとも表現できますよね。でも、結果は、殺して生きているか。。。
私たちもベジタリアンの頃は、命に○×をつけていました。今は、その経験のおかげもあり、野菜、果物全ての生き物への感謝を忘れずにいます。
生命循環の輪の中にいる私たち人間も、命をいただき生かされています。
社長は、人間が手をつけたことにより問題が起きる可能性があるといいます。
手をつけられた牛たちは、社長のファームで、自然に雑草で生きられるまで18年かかったそうです。そして、その雑草の茂る土地も、手を加えなくてよくなるまで20年かかったそうです。
Tomasiは、穀物なしで牧草だけで育った牛を探しているのですが、「自然にもどしたいと、牛を牧草の中に放り出すのは「虐待」だ。人間が手を加えて穀物で育ててきたものをいきなり牧草に放り出しても生きていけないんだよ。自然にもどすにも時間がかかる。」想いやりファームは18年かかってやっと雑草で生きられるところまでになったんですものね。
人間が手をつけたことによる問題。人間の中でも起こっています。自然からかけはなれた食べ物を食し、ハイテクにより脳はどんどん使わなくてすむようになり、便利すぎて筋肉をしっかりと使ってあげることもなくなってきています。
ジャングルに放り出されたら、とても生きていけません。。。
他の動物とは違い、脳を使い、何かを作れてきた人間は、その能力を果たし、便利な世の中を作り上げ、人間が見たかった、知りたかったものをどんどん見つけてきたのでしょうが、ちょっと行き過ぎたところもあり、人間の自然の能力が落ちてきていて。(ブレンダーやフードプロセッサー、ディハイドレーターをバンバン使っていて、人間が作り出した便利さにも助けられておりますが。)
私が、想いやりファームの牛たちのように、自然体をとりもどしていくには、また、何年もかかるのかな?牛たちは数世代で取り戻してきたのだから、私は今の体では人間の自然の能力を体験することはできないのだろうか?
などど考えながら、新百合ヶ丘から帰ってきたのでした。
生乳の試飲。濃くはなくさらりとしています。美味しかったです。